野暮とはこれ如何に



獄寺は、拍動が伝わる左の胸から肩へと手をすべらせて、左手と交わらせると燕を抱きしめた。
「わかった。おまえを少しだけ信用する」
 ――信用、ときたか。
 この花街で信用なんて紙くずと同義の言葉を口にする学生に燕は心底困りながらも口元を綻ばせた。帝都の学生だから堅物が多いとはいえ、こんなに素直に身を任せるなんて、今後この男は人生ちゃんと渡っていけるんだろうかと余計な心配までしてしまう。まぁだからと言って何をするわけでもないが。今まで送り込まれた帝都の学生は二桁にも登るが、最後まで貫通したのは片手にも満たないという。部屋の隅で震えるか、あわてふためいて階段を転げ落ちるように逃げるのがオチだと言うのに。冬の度胸試しのようなもので、店の主人も将来の客が増えるならいいか程度のちゃらんぽらんさで件の学生達と繋がっているらしい。代々飛燕堂を代表して店を張る者につけられる渾名を名乗る燕とて生来いい加減で無責任な性質(たち)と来ているから、最早無節操なところは店の資質というものだろう。
「ありがたいね。――解いてくれ」
 心にもないことを呟きながら獄寺の片手をもう一度取り、自分の腰の、帯の結び目まで案内する。打掛しか着ていないことは獄寺はもう知っている。「寝る」ことがいよいよ始まるのだと、ごくりと知らず唾を飲み込んだ。
「そう、おまえがオレを抱くんだよ。だからこれを解くのはおまえの仕事だ」
「…燕、オレは遣り方を知らない」
 緊張で掠れた声を嘗めるように燕は唇に舌を這わせた。
「そんなのとっくの話だよ。教えてやるから解いて、そして、自分で自分の服を脱げ――できなら、オレがやってやる」
「自分でやる」
 獄寺は掴まされた帯の片側をひっぱってほどき、燕の下から這い出て布団の端に立つとベルトの音を立てて外し、スラックス、下着、靴下を脱ぎ去り、ついでに脱がされたシャツ類も一緒に部屋の隅へと軽く畳んで振り返った。帯がほどけたものの打掛を羽織った燕は艶やかな笑みを頬にのせていた。青い雲の隙間から下界が見える空の紋様の上を、赤い鶏冠をもつ金と白の羽の鳳凰が飛ぶ、そんな豪奢な打掛の奥、陰になっている身体は果たして自分と同じものなのか、獄寺は少しだけ、考えた。
「脱がせてくれよ」
 全裸の獄寺を見上げて燕は媚びるように、薄い唇を歪めて、嗤った。
 見かけより重い代物だった。燕の前に跪き、襟を広げると逞しい男の身体が現れた。筋肉がすっきりついた肩を露わにして手触りのよい打掛をゆっくりと脱がす。胸元も腹も無駄なものは何もついていない
「その衣紋にかけといてくれ」
 取り去った打掛はまだ燕の体温が残っていた。言われるがまま壁際の衣紋にかける。布団では燕が丸い物入れから水差しをとり、そのまま口をつけていた。
「おまえも飲めよ」
 言われてみれば緊張の連続で喉がからからに渇いていた。渡された水差しの細長い口から同じようにそれを飲み、噎せる。
「こ、れっ、水じゃねぇのかよ」
「俺にとっちゃ水さ」
 嘯く燕に水差しを返す。確かに水のようではあるが正真正銘の酒だった。返されたそれにもう一度口をつけ、飲み干した燕の口元から喉、鎖骨、胸元へと透明の液が零れた。蛇のようにうねりながら流れるそれに目を奪われていると、自分をみつめる燕と目があった。その目は濡れていた。今まで自分をいなしていた相手が自分を、まるで、欲しているような目をしていた。こんな目で見られたことは一度もなかった。