野暮とはこれ如何に
「燕?」
黙り込む燕に獄寺も心配になる。間違ったことを口走ったのだろうかと。その唇を燕が塞いだ。先刻と違って、煙草の脂の匂いは全くしなかった。自分のために口をゆすいでくれた、と思い当たった時には、既に舌の蹂躙を受けていた。厚い舌がぴちゃぴちゃと自分の口の中を動き回る。怯える舌をつつかれて、ぬるぬると絡みついてくる。逃げていいのかどうかすらわからない獄寺は燕に両頬を包まれたまま、為す術もなく目を見開いて全てを見ていた。
「獄寺、こういう時は目を閉じるんだよ」
唇を合わせたまま言われて、獄寺は慌てて閉じたが、燕とずっと視線を合わせていたことを思い出した。
「てめーは?」
「初物を見逃すなんて勿体ないことはしないさ」
燕の呼吸(いき)が熱いことで、己の息の熱さを知る。それがまた塞がれる。目を閉じるとまるで溶けるように柔らかく擽られて次第に燕との接触に気持ちが向かっていく。額を頬をどこかしら触れながら口づけを繰り返す間にシャツもベストのボタンも全て外されていた。
「…ん…」
顔を傾けて唇を噛むようなくちづけを続ける間に腕をとられ、シャツも下着も取り上げられた。途中で継ぐ呼吸がゆっくりと深くなる。燕の手はもうあたたかくて、獄寺の体温と変わらなかった。首筋を鎖骨を胸の筋肉をゆっくりと撫でられる。
「どんな気持ちだ?何を言っても笑やしないさ」
「……おかしくなりそうだ」
恥ずかしそうに、消え入りそうな声にくっと声を抑えて燕は笑った。
「正しいよ。もっとおかしく、なればいい」
燕に抱き込まれ、肌触りのいい打掛に頬を寄せるとうなじを背中を肩胛骨を撫でられる。男の無骨な手のはずなのに、滑るように獄寺の身体を賞賛するようになめらかに肌を撫でられて、時々腋や腰の下までかすめられる。獄寺は燕の肩口に頬を預け、ずっと目を閉じたままだった。燕は仄暗い笑みを口の端に浮かべ、獄寺の身体を這わせながらある目的をもって動き始めた。誰も触ったことのないと見える未貫通の女子のような硬さと年相応の瑞々しさを併せ持つこの身体が情欲にうかされて身をくねらすところを想像した。生活の憂いを無しに学業だけに専念して陽の当たる場所だけを歩いてきたこの身体に忘れられない烙印を押したい、と思った。
「燕って呼んでみな」
声を出すのは恥ずかしいのか、獄寺の唇はは燕が離れている間、ずっと噛みしめられていた。その固く閉じたままの瞼をぺろりと嘗めて名前を呼ぶように促す。これから先、獄寺が肌を合わすたびに自分のことを思い出したら面白い、とひそかに嗤う。
「つばめ…」
震える声は理性で抑えられて、呟くようでその邪気の無さに、燕はこれからどう料理しようかと半裸の獄寺の身体を撫で回しながら考える。ゆっくりと押し倒し、もう一度、額からくちづけを落としていく。体温が混じるようなそれに所在なげな獄寺の両手を己の首の後ろに回させる。まるで獄寺は自分がねだっているかのような面持ちになる。
「獄寺…俺の名前は?」
「ん、つばめ…」
「そう、ずっと呼んで?」
「つばめ…ふうっんっ……燕…」
「そう。気持ちいいことをしよう、獄寺」
固く目を閉じたまま自分にしがみつく獄寺のあおのく首筋を吸うと、甲高い声がその喉から漏れた。肩をすくめてくすぐったさを逃す獄寺の身体に僅かな快楽の種をも植え込むように、逃げられないように抱きしめて、誰も触れたことの無さそうな白い肌に次々と赤い徴を残していくと、獄寺の呼吸はいよいよ激しくなってきて、はぁはぁと肩で大きく息をしても収まらなくなってきた。
「はっ……ん、んっ……つ、ばっめ」
「ん?」
鎖骨をぴちゃぴちゃと音をたてて嘗めたまま上目遣いで様子を見遣る。
「……“寝る”というのは、こんなに辛いものなのか?」
「いや、これから佳くなる。――すぐにしたくなるぐらいまで、佳くしてやるよ」
「胸が破れそうだ」
燕が動きを止めたことにより、いくばくかの余裕ができた獄寺は朱色の敷き布団に頬を預けていた。滑らかな繻子のようなそれは獄寺の頬を冷たく冷やした。
「おまえだけじゃない」
首に回る片手を外し、己の左胸に当てると燕の早くなった鼓動が伝わってきた。獄寺は目を見開いた。苦しさで溜まった涙が宝石のような翠の目を縁取り、やがて一筋流れ落ちそうだ。
「俺だってそうさ。だから気にするな」