野暮とはこれ如何に
「ちょ、待っ、」
抗議を上げる唇を接吻で縫い止めて、暴れる獄寺を赤い布団に横たえた。
「ここに入ってから暴れるのは野暮ってもんだよ、学生さん」
ふ、と男は徒めいて笑い、獄寺が虚を突かれたその隙に腕を伸ばして襖を閉める。僅かに空いた一条の光が獄寺の青ざめた貌を横断する。
「大人になりてぇんだろ?」
シャツを下着ごとスラックスから引き出して直に腹を触られて、獄寺は身を竦めた。縮む身体を宥めるようにやわやわと手を這わされて獄寺は漏れそうになる声を抑えるために唇を噛んだ。男は撫で回した手を抜いて、噛みしめる頬を撫でた。
「名前は?なんて呼べばいい?」
「ふっ…関係ない。そういうてめーはなんて言うんだ」
「燕って呼べよ、おまえは?」
「…ご、獄寺」
「名前は?」
「てめーだって違う名前なんだろ」
怯えながらも虚勢を張る獄寺に燕と名乗った男は艶然と微笑んだ。
「獄寺、な。何もおまえを襲おうってわけじゃないんだ。身体の力を抜いてくんねぇか?」
「るせ」
抜こうとしても抜けないんだ、なんて言えるわけがない。初めての場所で初めての同衾をさぁ始めましょうというときに緊張しない方がおかしい。おまけにこんな陰間茶屋だなんて想定外だ。燕はかたくなな獄寺を長い腕に抱き込んだ。
「おまえみたいなの、初めてだ」
燕は掛け布団を半分めくり、そちらに転がり獄寺に腕枕をして抱き寄せる。更に緊張を増す獄寺の額にくちづけて言った。
「止めてもいいんだぜ、金は返さねぇけど」
「う…」
暫くしてからここを出ればメンツも立つってもんだ。獄寺の頭脳はそちらの回答を正解とした。
「どのぐらいかかるんだ?」
「何が?」
「その……こういうのだよ」
恥ずかしくて、直接的な言葉を告げない獄寺に燕がきょとんとする番だった。
「こういうのって、昼寝?」
「てめぇ、昼寝するつもりだったか?」
「だって、獄寺寝ねぇんだろ?俺と」
「そう、その寝るってどのぐらいかかるんだよ」
我が意を得たり!と獄寺は燕の言葉を奪い取った。
燕は燕で、茶屋に来ておきながらただ一つの目的のことを知らない彼を揶揄するどころじゃなくて、反対に眉根をきりきりと絞った。
「はえぇのは一刻(三十分)もかからねぇのから、それの倍以上とか、一晩とか」
「一晩!?そんなに何をするんだ?」
「何って、どちらかってーと何発かって…」
あまりにも無知で純粋な獄寺に燕は口をつぐんだ。どこか、子供を相手にしているような座りの悪さを覚えた。あそこの学生からの頼まれ物だけど、これはまた天然記念物並な野暮を放り込んできやがったな。このまま放り出すのも燕の名が廃る、と男は腹をくくった。この業界(せかい)、初心(うぶ)な娘が外見に反することはままあることだ。