野暮とはこれ如何に



 飛燕堂と達筆な筆文字で屋号が書かれた暖簾をくぐる。
 店が開いたばかりのこの時間は客の躊躇いを止めない為に戸を開けたままにしておく。地べたまで届く、長い暖簾は少しでも寒い外気を遮断しようという店側の苦肉の策だった。土間には火鉢が置かれ、いくばくか暖かくなっているが、獄寺は寒さどころではなかった。いらっしゃいませ、と女中は前掛けで手を拭いながら出てきた。目的が目的だけに、なるべく他人と顔を合わせたくないのだが、初めての場所で勝手がわからないから仕様がない。
「帝都の学生さんですね」
 学校名を出されてさっと緊張する獄寺に、彼女はにっこりと安心するような笑顔を見せた。
「お友達からご連絡が入っておりました。どうぞ二階にお上がりください。お靴はそのままで、こちらでお預かりしておきますので」
 予想していた乱れた気配は一切なく、寧ろ親しみやすい雰囲気に獄寺は緊張を解いた。こういう店では男衆が表を仕切って、女は商売道具だとばかり思っていた。もしかして、脅されてきたものの普通のお茶だけの店なんじゃないだろうか?と戸惑いながらも、あがりぐちに腰を下ろしてブーツを脱ぎ、インバネスの袷を解きながら階段を踏みしめて上がった。
「こちらです」
 長い廊下の奥、突き当たりの襖の前まで獄寺を案内した女中は一礼して、登ってきた階段へと戻った。薄暗い廊下に並ぶ襖は、四季の木花が描かれて、まだ宵の口だからかどこにもひとけはなくしんとした静謐な空気すら漂っていた。その中にふわふわと花のような香りがした。獄寺は脱いだインバネスを畳んで腕にかけると、すっと襖を横に開いた。
「いらっしゃい」
 え?と口を驚きのままにした獄寺は瞬時に硬直した。
 まずその声は低い、男の声だった。