野暮とはこれ如何に



――試験の点数だったらぜってー勝ってたのに。あいつら、こうなることをわかっていやがった。

 白い粉雪が風に舞い上がった。
 東京となって久しいこの街にも冬が訪れた。まだ積もらぬまま染みとなっていく煉瓦道。獄寺隼人は黒いインバネスの襟と伸びてきた銀髪を風に靡かせ、カツカツとブーツの踵を高らかに鳴らしながら花街の一角へと歩を踏み入れた。
 『先輩もここに行ったって』
と無理矢理渡された紙片を再度広げて店の名前を頭に叩き込む。


 意を決して顔を上げた彼の前に広がるのは、極彩色の絵の具をぶちまけたような華やかな世界だった。目眩がする。学校ではお仕着せの白と黒の洋服を誰もが着ている。近付く正月でなければ、街ですれ違う人々もごく慎ましげな色合いの服を纏っている。いくらその正月まで一月をきった師走とは言え、ここは尋常でない色が溢れていた。それにまず獄寺は足を竦ませた。ただでさえ、目的については消極的なのだ。おまけに学生の身で本来は立ち入られる場所ではないという気後れもある。しかし、ここで踵を返すのは彼のプライドが許さなかった。学生同士のたわいない冗談から始まった賭けで獄寺が負けたのは揺るぎない事実だったからだ。学業でも常にトップを走り続けていた獄寺が賭けに負けるなんて。本人が一番信じられなかったのだから仕方ない。その賭けは勉学だけではなく、スポーツは及び日常の喧嘩さえ含まれていた。整った西洋人形のよう、と陰で称される異国の血が混じる獄寺は、その可憐な外見に反して気の強さも腕っ節も強かった。外見で嘗めて喧嘩をふっかけると、必ず倍以上の返り討ちをお見舞いしていた。負ける要素はどこにもない。だから賭けにものったし賭け金も払った。なのに、十一月に入ってそうそうに流行りの風邪にかかってしまい、期末試験を全部落とした上に病み上がりの乱暴な出迎えにも膝を屈してしまった。しまった、と思ったが遅かった。


『今月の点数で一番低かったのは獄寺くんね』
くんね、じゃねぇと、カウントをつける同級生に言いがかろうとしたが、規則は規則。今まで自分が送り込む側だったのに、哀れ自分がその立場になってしまった、という訳だ。罰ゲームの内容は何種類もあったが、まだ春を迎えていないと思われる男子が送り込まれるのは花街と相場が決まっていた。
『獄寺くんは』
『もう、女は知ってるからな!』
 焦って言ったのが裏目に出た。一瞬、自分に視線が集中して沈黙が降りたが、一斉に同級生達は話し始めた。
『誰かいい店知っていないか?獄寺だぞ』
『おまえの馴染みはやめとけよ。初めての罰ゲームだし、なにせ獄寺の春だからな』
『並大抵の女じゃだめだぞ』
『オレ先輩に聞いてくる』
 周囲の半ば真剣、半ば揶揄の言葉の嵐に逃げ出したくてたまらなかった。そつのない人生を送っていたのに、こんなところで恥をかくとは予想にも思わなかった。


 ぎゅっと革手袋を握りしめて自分に活を入れる。まだ背中には同級生達の視線が痛く刺さっていた。一人で行ける!とわめく獄寺を尊重して送り出してくれたが、無駄に世話好きな彼らのことだ。そっと後を付けて、店に入るまで見届けてくれるに違いない。ありがたいことだ!!と心中で一叫びして、はぁぁとためいきをついて、歩き始めた。まるで、鉛でも埋まっているんじゃないかと思うほど、重い足だった。