Un puro godiamento della vita -人生の純粋な快楽-



 山本は行きつけではなく数回足を運んだだけのバールを選んだ。お世辞にもきれいとは言えなく、女性客よりは酒好きだけが集まるような店だった。カウンターの端に陣取った二人は自己紹介もせずグラスを合わせた。
「あんた、あそこに住んでいる割には汚れてねぇな」
「ホテルはちゃんと取っているぜ」
「なるほど」
 明るい中で見ると滅多なことでは動じない山本が内心舌を巻くほどの色男だった。はすっぱな口調なのに、その立ち居振る舞いは洗練されている上にどこか軍人めいた規律さをも感じた。剛の部分をカモフラージュする為の陽気な性格を演出しているのかと感じてみる。そういうところが優男以上の何かを醸し出していた。向こうも向こうで、山本がどのような人間か見定めているようだった。ボンゴレの証はどこにも無い筈だ、と山本は男から目を離さないまま考える。守護者のリングも首から下げていて、普段は指にもしない。背中の刀はかつての「山本のバット」のように別のものにカモフラージュしている。ゴーグルはとうに捨てた。外で待機していたボンゴレの連絡員が拾ってくれることは折り込み済みだ。
 なんでシチリアに来たか、観光で、野良犬に襲われて、とたわいもない話を肴にグラスは重なってくる。
 ザルどころかワクと呼ばれるぐらい酒に強い山本と互角に呑む男を、カウンターに肘をついて眺める。
 男も、人に警戒心を持たせない開けっぴろげな山本との酒を楽しんでいるようだった。
「なぁアンタ名前を教えてくれよ、オレは――」
 山本はわざと芝居がかって自分の唇に指をたてた。
「よせよ、ここはマフィアの島だ。名前なんて簡単に言うもんじゃねぇ」
 さてどう出るか、と様子を見る山本に男は心底楽しそうに笑った。周囲の客が振り返るほどのボリュームだったので、山本の方が驚く。自分達を見る客に見せつけるように山本の背中をばしばしと叩く姿はまるで旧知の仲だ。
「確かに、ここはコーザ・ノストラの島だったな。まさかジャッポネーゼに言われるとはな」
 笑い続ける男に――γにぐ、と肩を抱かれると花のような香水が濃く匂った。

γはボンベイサファイヤのロックに切り替えた。
「薬草臭くねぇ?」
 山本は初めて見る酒の名前に、γのグラスに鼻を寄せる。
「あぁ癖になるとこれがいいんだ」
 γが持つグラスはショットグラスではないのにそう見える。自分と同じぐらい大きい手だなとぼんやり思う。
 ――あれ?結構回ってきたかも。
 肘をついて考える。そんなに呑んだつもりはないが、自覚したせいでか世界が回り始めた。何時だろうと辺りを見回すも時計は見当たらなく、グラスを持つ男のシャツの袖を指先で下げると、既に丑三つ時を回っていた。
 この男に出逢ったのが七時頃だから既に六時間以上呑んでいる。普段は周りが潰れるからここまで呑む事がない。やっと自分の限度を知った、というところだ。
「わりぃ、オレもう限界。帰るわ」
 会計を、と立ち上がった時にぐらりと本格的に酔いが回った。
「――大丈夫か?」
 手を貸すでもなく、γはソファに腕を回したまま笑う。
「大丈夫じゃねぇが、大丈夫」
「ははははは。子供みてぇだ」
「あんたが強すぎんだ」
 返事代わりに残ったジンを飲み干された。届く匂いだけでくらくらする。
「オレのホテル、ここから歩けるところにあるからそっちで酒を抜いて帰れよ」
「わかった、甘える。ついでにここも立て替えといて」
 山本は動くのは勘弁、とソファに寝転がって目を閉じた。