ZERO
女はもとより、男相手も構わない。腕はいいが、10代目とその右腕以外のことはかなりちゃらんぽらん。というのが、山本の評判だった。
最初、本人はそんなつもりはなかったが、周りにそう言われているうちにそんなんでもいいか、とそうなっていた。マフィアという時々命を斬った張ったしている商売で、自分の守るものさえ違わない生き方をすることが精一杯だったというのもある。仕事の関係あるなしに構わず、寝ることも全く厭わないことと、そんなでいて寝首をかかれない抜け目の無さと裏稼業をしているくせに身につかない後ろ暗さも魅力の一つだった。
麗しき、と称されるボンゴレ10代目右腕の獄寺はそんな山本の危うさを見抜いていたが、まぁ最後は俺が引導を渡してやるさ、と肩をすくめて今日も今日とて敬愛なる10代目へと全精力を向ける。
そんな非凡のようで平凡な日々、山本はとある少女を拾った。
マジックアワーと呼ばれる美しい黄昏に沈む、シシリア島第一の繁栄を誇るパレルモの街を山本はホテルへと歩いていた。同じシシリア島とはいえ、別のファミリーが仕切る街は全く安心できなくて、常に緊張を強いられていた。が、そんな緊張なんて露ほども感じさせない山本は今夜どこで呑むかということだけを考えていた。親書を運ぶ仕事はさっさと終わらせた。流れで夕食に誘われるが男だけが並ぶテーブルのどこにもおもしろさを感じられるず、会話一つにも頭を使うディナータイムをあっさりと断った。そういうのは獄寺に任せて、といない人物に心理的になすりつけて、一度ホテルに戻って着替えようと角を曲がった時だ。懐に入るようにぶつかってきた小柄な人物にひったくりかとその腕をねじあげると予想より細く頼りなげで力を抜いた。
「ごめんなさい」
自分を見上げてくる少女は大きな目ですぐに背後を見た。誰かに追いかけられているようだった。が、腕を掴まれたままだった山本をもう一度見上げた。その瞳に驚きと切迫したものが揺れていたが、すぐに力がこもった。
「名前も知らない方に申し訳ないのですが、今夜、私を護衛して頂けますか?報酬は、貴方の知り合いの金髪の方に逢わせてさしあげます」
「何言ってんだ?」
「お願い、今捕まるとボンゴレにも迷惑がかかるの」
「ボンゴレ?なんのことだか、わからないね?」
「説明は後でしますから。お願い、ボンゴレ雨の守護者。私にはあなたの情報はそれしかわからないわ」
「悪いけど、全く俺には意味がわからねぇな」
にべもない山本に少女は焦れたように胸元から大きめのペンダントヘッドを取り出した。山本は目を細める。色こそ違えど見知らぬ物じゃない。
「お願いだから」
山本はジャケットを脱いで彼女の頭から被せて抱き上げた。今、来た道へ戻り、渋滞の道路を横切る。鳩が飛び立つプレトーリア広場を抜けて大通りのヴィットリオ・エマヌエーレ通りから一本脇の細い道に入り、西へと向かった。見えてきたまるで要塞のようなカテドラルへと入った。約一キロ、ユニを抱いて走ったというのに息一つ乱していなかった。三々五々入れ替わる夕刻の礼拝に訪れる信者の中、抱えたユニを固い椅子に座らせて、外の様子を見に入り口にそばだった。左右を見回すも、追ってはまいたようだった。
前の席の背についている小さな礼拝用のテーブルに両肘を預け、少女は祈るように息を整えていた。
「あんたは誰だ?」
山本は親書を渡す相手のファミリーとこの少女が繋がりやしないかと危ぶんでいた。いかなアルコバレーノと言えども、素性がわからないうちは態度を決められない。味方ばかりとは限らないのだ。
「大丈夫です。あなたの味方です」
少女は大人びた表情でにっこり笑った。
続