Buon Natare!
「おまえさ、運命って信じるタイプ?」
運命なんて信じない。
偶然なんて信じない。
物事の裏には必ず何かがある。
無意識でも意図的でも、そこには何かが隠れているもんだ。
「全然。おまえさんは?」
空のグラスを掲げて追加注文する男は事も無げに言い放つ。
「奇遇だな、俺もだ……かといって、運命は自分で切り開くなんてことも思ってない。だろ?」
「若いねぇ。誰かに聞かれたか?」
「あぁ、昼間にカフェで、日本人だった」
「誰彼構わず愛想を振りまくからだ」
「ひでぇ、アンタ程じゃない」
「俺は心に決めたひとだけだ」
「……その人に乾杯」
新しいグラスを宙に掲げる山本に、仕方なさげに俺は飲み止しのグラスをぶつけて煽る。
「残念ながらひとりは空の上で、ひとりはまだ酒も呑めねぇ」
「へぇ。アンタが身の上話をするのは珍しいな」
止まり木に背中を預けて俺を見る茶色の眸は明らかにおもしろがっている。
「ナターレの夜だから、懺悔もしたくなるさ」
「じゃ、誰もいないとこで聞いてやるよ」
まるで誘い文句。実際そう意味なんだろう。
「何を画策している?」
「何も。俺はそんな考える頭は持ってねぇんだよ」
嘯く唇は煙草を咥えてさっきから掌で弄んでいたライターで火をつける。
「ナターレの夜に相手はいねぇのか?」
それはお互い様だと自嘲すると、たばこを咥えた唇が笑みの形に歪んだ。そして、ジャケットのシャツの襟を整えて幾ばくかの紙幣をグラスで押さえる。
「運命でも偶然でも画策もなく、俺達は出逢って、そして」
――恋におちた。
こんな詩に続く常套句だが、俺達はそんなもんじゃない。先に笑い出した俺の肩に手を回し覗き込んでくる。男臭いくせに、すっきりとした鼻梁と意外と感情豊かなその眸が好ましくて、またこうやってキスをしてしまう。
「お前の懺悔はこんな人混みじゃ罪深過ぎそうだ」
「心の罪は体で贖罪ってわけでね」
「生憎、俺は神様もノンポリでね。そういうのはてめぇ一人でやんだな」
「つれねぇな。でも、ボスに関してはそうじゃねぇだろ?」
「ボスとダチ、な」
コイツが咥えていた煙草を返してもらって吹かして灰皿に握りつぶす。傍らのスツールに乗せていたコートに袖を通し、ボルサリーノを深く被る。ミサ前の教会近くはマフィアもそうでない人も同じ正装の男達だらけだ。俺達はバールを出てから教会とは逆の方向へと歩く。人影が切れたところで彼に肩を引かれる。壁に押しつけられる。
「…Buon Natale」
「Buon Natale」
――出逢った運命に。
なんてね。あながち嘘じゃない、と俺は嘯いた。